眠いと言って、このブログページを開いて1時間ほど何も手をつけずに経ってしまった。
今日は静かに音楽もかけずに生活音だけで過ごしている。
昔は時計を部屋に飾って秒針の音を聞いていたけども、今はもうそれもやめてしまった。
タイプする音、物が軋む音、冷蔵庫などのちょっとした生活音を聞くと、今日も現実に生きてきたなと私に爪痕を残すようである。
幼少期の誰もいないリビングで、何も音を立てずにじっと静かに黙って生活音を聞いていたことを思い出す。
お風呂上がりにお茶を注いでそれらをよく聞くのが昔の日課だった。
一定のリズムで刻まれる秒針の音は、どこか私に安らぎを与えるのだった。
お風呂上がりの熱を冷ますかのように静かな部屋で鳴り響く音は私にも響いてきた。
当時の私は、あまり感動のない毎日を消費するかのように過ごしていた。
それを秒針の音によって少しだけ色味を足してマイルドにした。
生活音も時に役に立つのだなとぼんやりと思った。
今は昔に比べたら伸び伸びと暮らしているが、生活音は昔の陰と重なって響いてくるようになった。
今度は生活音が1秒ずつ何かのカウントダウンを始めるようである。
何もない日にぼーっと過ごすのが私の理想の休日だが、ベッドの上でゴロゴロと生活するのももったいないと思いながら何もできてない生活を続けている。
毛布のふわふわとした感触が気持ち良い。ずっとゴロゴロしていたくなる。
切り忘れたアラームが部屋に鳴り響いたときは、心地の良い睡眠を阻害されたようで不機嫌になる。
それも数分後には寝落ちしてなかったことになっているが。
だらっと極限までだらけると、腰の痛さと引き換えにスッキリした感覚が手に入る。
それも通りすぎて起きたときは、腰の痛みと頭痛がする。私の中でドラムが鳴っているかのよう。
食べることで多少痛みが和らぐので、何かあれば摂取すれば良いと思うようになった。
君は目の前に美味しいものがあったら、すぐ口を開けて食べるタイプか!と。
イエスだ。食欲がものを言う。頭だけに何もかもが詰まっているわけではない。ちと狂い。
眠気が追いかけてくる。意識だけは保っている。まだ追いかけてくる。
眠れるときに眠れる幸せは食べてるときと同じくらい幸せに思う。
そう思う癖に深夜まで起きるものだから睡眠負債が溜まっている。
どこかいつも疲れていて、しっかりと休まらない感じがする。
早めに寝たいと思うけど、ダラダラしてしまい数時間が経っている。
私に強制的にこの時間になったらベッドで寝るみたいなのが実装されたら面白いのにとか思わないこともない。
懐かしの秒針の音を刻んでみませんか?きっと良い心地がする。
多機能版。万能タイプが好きな人。
春夏用ブランケット。色は他にも白と青と茶色がある。
ついでにお茶🍵


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