毎日を創造的に過ごすのは難しい。
特に、自己だけを見つめていると、毎回似たような内容の繰り返しになってしまう。
そんなときの空気の入れ替えが欲しい。
新鮮な情報はどこに転がっているのだろうか?
私自身のアイディアが思い浮かばないことから、助走をつけて記事にした。
枯渇しがちなアイディア
枯渇しがちなアイディアを出しやすくする、と言っている本人が枯渇している。
アイディアが無いと書け無い、なんてことは無い。
思ったことを書こう。
そんな書けない日に、駄文を書くのを以前の記事で勧めたので、実際に書いてみる。
駄文を書いても、書いたことに満足して、その後に骨のある文章を書く時間が無くなるというのは、なんと調子の良いことだろう。
何も手につかない日があるのも、人間らしくて良いじゃないか、と言う。
書けない時間が続いても、常に文章を書き続けないといけない人間にとっては、悲しくなる。
文章を書けないのは、自分の考えがまとまっていないからだ、とか、注意力が散漫になっていて、何を主題にするのかを決められていない、とか、事実そうだと思うことが多い。
何をどう書くかなんて、何も決めてないと書けないのが普通だ。
余程、普段から物事に関心を持っていて、話題が多い人以外は、アイディアを持ち続けるのにも苦労する。
周りに目を向ける
そこで、自己発信だけでは無く、周りにも目を向けてみよう、ということになる。
「そうだ、アイディアが無ければ、他から拝借したら良い」
アイディアが出ないからと言って、人のアイディアが枯渇しているわけでは無い。
動画や書籍、人から聞いた話、カフェや飲食店で小耳に挟んだ話、と参考にできそうなものが至るところに転がっている。
実際に私も、見聞きした話から興味関心を持って、アイディアや着想を広げることが多い。
三人寄れば文殊の知恵、は本当にその通りだと思う。
(直接三人で集まる機会は少ないが、見聞きしたことを無理やりカウントして…)
直接アイディアの提供者になることはないかもしれない。
だが、思いつきを話題にしたことが、自身の活動に繋がることも少なくない。
できることは手をつけてみよう。
一人では限界がある
一人で作業していると、最初は豊富に出たアイディアや思いつきも、立ち行かなくなることがある。
そのときになって、一人だけで作業するには限界があることを、身を持って知る。
物事を極める必要がある段階や、ある程度自身でやり繰りが可能で、素材が豊富であれば有利に働くだろう。
そんなことができる人間の方が少ないじゃないか。
できないことをうんうんと唸っていてもしょうがない。
できないなら、できないことを認めて、先に進む手立てが必要だ。
引きこもりがちなら、外に出て新しい空気を取り入れる。
人が多い場所にいるなら、今の流行は何か?というのをキャッチする。
直接アイディアを出す以外にも、準備に充てられることはあるのだ。
アイディアを出す環境を整える
アイディアに目を向けるより、アイディアを出しやすくする環境を作っていくのに、時間をかける。
上で言っていた、新鮮な空気を取り入れに、自分の足を使って現地に向かう。
書籍や聞いた話だけでは知り得なかった情報が、直接現場に行くことで理解が深まる。
そうして一日中走り回った後で、今日は何があったかを振り返ることができる。
そこでようやく、見聞きした情報や準備した内容が、何と結びついているのか、と組み立てることが可能になる。
こんな時間の使い方はどうだろう?と思った。
結構充実した時間になりそうだ。
寝て過ごす時間がもったいないと感じるくらいの情報を集めようじゃないか。
「いやいや、私は一旦熟成させてまとめることを一番だと思っています」というのもあるかもしれない。
人によってスタイルはまちまちだ。
書いた文章をすぐに出すより、ある程度熟成させて、後日に目を通すというのも、過去より視点が広がって良いかもしれない。
最後に
ここまで、アイディアがない、どうしよう、というのを勢いで書いた。
暇を暇、と認識しないくらいの忙しさを、自身で生み出していく。
これは、今後活動を続けていくのに必要な要素になるだろう。
普段は家に籠りがちで外に出る時間の方が少ないのだが、たまには外の新鮮な空気を取り入れたい。
インドア傾向で、部屋から部屋の移動になってしまうのが殆どになりそうだ…
いつも忙しくしても、燃え尽き症候群っぽくなってしまう。
たまには走ろう。




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