なだらかな道

エッセイ
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リライトをサボっている。

記事が見られてるなと思ったのは、以前登録した広告の審査確認だった。

もういつ審査に出したのか記憶にない。

受かったり、落ちたりしている。

直近の記事は装飾をせず、エッセイ語りが中心の文章になっている。

装飾がまったくない状態でも、平均の滞在時間は増えた。

書くと読まれるは遠い。書いても読まれない。

読まれないけれど、記事を書いた達成感だけが自分の中に残る。

来年の4月までは、読んでも読まれなくても継続している。

その先がどうなるのかは不明だ。

もしかしたら無料ブログに移るかもしれない。

一応は書き続けようと思っているけれど。

その際はどこかで会いましょう、くらいの気持ちで、またスタートさせる。

エッセイは調子よく書けるから好きだ。

どんなテンションでいても、そのときにしか書けないものがある。

なんて言うけれど、殆どの人が読みたいのは、明るくてテンションが高めの記事じゃないの。

寝起きにテンションの高さを求められてもね、アハハハハ。

ついさっき2時間前に起きた。

求められてるから対応するのが、商売だと言う。

求められなくても勝手に進めてるのが、人生だとも言えるかもしれない。

私はそっちの路線でもう少し歩きたいなと思う。

人のために何かを提供するのもいいけれど、人のためを狙わなくても、そこそこやっていける、というのを宣伝文句にしたい。

今を生きる人みたいで現代的な感じがある。

会社員という形態から、どんどん個人に移っていきそうな予感はするけれど。

時代の先取りを始めます、とか言う。

先取りが早すぎても見向きもされない。

宣伝が薄いと、何を伝えたいのか明確に伝わらないので、飽きられる。

かと言って、私を売りなさい、と言われても困る笑。

ちょうどいい加減が難しく、商売のことにあまり関心がなさそうだけれど、生きていくのにもお金がいる笑。

まあめんどくさい世の中ね、なんて言ってみせるけれど。

応援したい人にはお金を渡して、発展を望んでみたりする。

そのお金で、新しい企画で盛り上げてくれたら嬉しいから渡す。

人が何にお金を使いたいと思うのかはあまりわからないけれど、自分のためになる、とか、楽しいと思えるから投資する。

楽しませたり、問題解決してくれたり、物を提供してくれたり。

時間をお金で買う。

その分、値段以上の楽しみを求められるわけだ。

提供できるのを考えすぎて動けないタイプは、時間がかかるかもしれないけれど、手作業で好きなことに向き合って、ちまちまやってるのがいいと思う。

それが楽しいと思えば続けられるし、飽きたら辞められる。

時間制限がなくなることで戸惑うことも増えるだろう。

生活スタイルが変わって、戸惑いを覚える日々が続いているけれど、少しの時間を使って自分のしたいことができている。

遊んでる時間が長い気がするのは気のせいだと言いながら、その内容をもとに人生をクラフトしていければ、願ったり叶ったり。

これからも、急がなくても楽しめる環境づくりに勤しみたい、なんてね。

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