初めて文学フリマに参加した。
プロとアマチュアが混ざっていて、一般の人でも本を売るのが可能である。
出版する人それぞれの「文学」があって、まだこんなに文学は愛されているのだと知った。
会場を見渡すと、本を好んでいる人たちの顔ぶれが確認できる。
試し読みで熱心に読む人たち、出展者と会話する人たち、 本を買って満足そうな顔ですれ違う人たち、など、どの人も本が好きで来た人たちであった。
書店で本を売っているのとは違い、本を通してプロ・アマチュア問わずに会話しているのが、書き手と読み手の距離が近く、どんな人が読みに来るのかを実際に目で見ることができて良い。
本を買うだけではなく、無料冊子が置いてあるブースもあった。
文学に対しての熱量と、書くことに対しての意欲が感じられて、刺激を受けないではいられなかった。

私もこうして文章を書いているが、一人で打ち込むだけでは構想を立てるのに、いつかは限界が来ると感じている。
今はまだ文章の型が決まっておらず模索している段階である。
その段階だと読破したあらゆる作品の影響を簡単に受けやすく、書いた作品全体を通して見ると、文章の雰囲気がバラつく。
今の段階だからこその楽しみとして、書き終えた後に今日の出来はどうだろうかと読み直している。
書く時間と、読む時間ができて、なかなか充実した時間の使い方ができていると思う。
自分のために手をかけて過ごす時間は、心にゆとりを持つことができる。
好きなペースで好きなだけの文章を書いていられるのも、時間に制限が無くて良い。
時間とはそういう使い方ができたのか、と創作活動を通して体感している。
今まで自分のために時間を使うことは少なくなかったが、満足に目一杯広げて向き合うのは、それほど多くなかった。
熱心に向き合うからこそ、作品をより良く仕上げようとしたり、他の作品を読む視点も変わってきたりして、何だか本当に文学者になったような錯覚を起こしている。
そういう自意識を持つことは、創作活動をするのに必要だったかもしれない。
子ども時代に戻った気持ちで作品作りに勤しみたいと思う。
また、創作活動をしている中で、文学フリマなどの他の創作者の作品に触れることは、同志として励まされる。
静かな独白や、構想を立てている段階を見せてもらえるのは、自分の作品の視点に注意を向けられて、何が違うのかを比較・検討して楽しめる。
作品の上手・下手を比較するのではなく、自分にはないエッセンスを取り入れられないかと技術を盗むのに熱心になった。
文学フリマで9冊購入したので、じっくり作品を味わっていこうと思う。
そしていつか私も出店する側に回りたい。
今回購入した作品↓

文学フリマの詳細↓



コメント