本日4本目の投稿。数時間振りに見たばかりの画面に再び会う。この投稿前の白画面の入力欄が私のホームになってきた。いつ見ても白い。それを黒文字で汚していくのが仕事。仕事でもないか。息抜きに近い何か。もう少しまともなことを書いてくれ。
点滅するカーソルと目が合う。カーソルを行ったり来たり。文字を消したり戻したり。そんなことを数ヶ月続けていたら、100本目の投稿からだいぶ過ぎていた。1週間前に知らずに達成した。そこまでブログを書いたといった感動がない。ブログを書いたことよりも、文章力がついてきたことの方が大きい。文筆業への道。◯本ノック。だんだん、動画に寄せてフランクにしていくのをやめなさい。
始まり方が独特になっていく。静かで落ち着きがあって、読む人も唸るような文章を書くことに精をだしていたはずなのに、気がつけばネタと化している。元々その気はあった。他で書いているブログと同じく、私自身も軽い調子の書き手だ。それがAIになったからと言って大きく変わることはなく、雰囲気をコピーした文章が出来上がる。あちらは一般向け。こちらはマニア受け。受けなんて狙ってない。狙ってるのは、ネタがすぐに思いついて言葉にできること。その軽さ。

半年以上続いてるブログもそこまで多くはないらしい。2,3ヶ月で投稿しなくなっていく、姿を見せなくなっていく。日常を元にした文章は書きやすいので、話題に困ることは少なさそうにみえる。全然そんなことはなく、〇〇食べた美味しい、だけで終わらせると、内容がいつもそれで見栄えがしない。申し訳程度の写真と、ちょっとした気を利かせた言葉。そうこう工夫するのに一生懸命になる。表現をカッコよくしようとする。普段の自分からはいくらか乖離するので、手がつけにくくなる。そんなところなのだろう。普段の出来事に遊び心を混ぜると、いつもの文章もびっくりするほど化ける。書いてある内容や、雰囲気を壊さずに一部だけそっと空気を変えておく。出来上がりを確認して、少し手をを加えると、あら不思議、文章が変わった。
長く続けるのには、力を入れ過ぎずに程よく書く。手を抜き過ぎてもいけないけれど、悩みながら書く時間がそのうち、滑らかに書けるようになる。自分のスタイルが確立するまでは苦しい道のりに近くなるかもしれない。文章が上達するのに近道はないけれど、何度も書き直した分だけ、上達する。型が身につけば、簡単にアレンジもできる。実は書き方の型をよくわからずに書いているので、あまり参考にならなかったりする。そんなこと書くなよ。こんな調子で書いていく。ほら、誰にでも書ける。
仕事用に書く文章は、いつもの文体ではなく、依頼された通りにしている。出来上がりが不明であれば、すでにその道で活動している先輩の動画を見て学ぶ。見本がある状態で始められる今は、なんと恵まれているのだろう、と思う。その先輩方に泥を塗るような文章を書き散らしてはいけません。そう思ってはいるけれど、なかなかそうもいかぬ。名前の知らない誰が書いたかも不明な文章にプレミア価格はつけないで。このブログに1円も入ったことはないけれど。
しがない物書きの日常が綴ってあるブログ。文章を書いて生活するのは、とてもじゃないけれど厳しく険しい道。それで食べて行けるならと誰もが挑戦して夢を見る。SNSでも稼げるようになって、道は開けてきている、とは思う。思うけれど、今度は正確な文章よりも、人を楽しませる内容が好まれている。エンタメ向けの文章を書かない人にとっては、狭き門になってしまった。それ以外でも狭き門ではある。面白さとキャラの濃さが求められる。よく見ると、誰もが皆キャラが濃い人になれる。そんな中でやっていかなくてはいけない。それだけ一生懸命に連日鍛錬を重ねる猛者もいる。元からセンスがいい人もいる。色々だ。個性的なのが売りになるなら、私の文章はいくらか目立つ方なのだろう。無名なのに目立つよくわからない状況。書き続けていると、ありがたさより批判の方も耳にする。文章を書く人はそんな日常からがスタートラインになる。決して甘くはない。それでも夢はあるなと思う。


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