時間は有限だから

エッセイ
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ヒーターをつけないと、動きが鈍くなる寒さになった。

とにかく体を動かそう、といつものようにタイピング練習に励む。

指の曲がりが悪くて、キーボードを叩けないでいる。

寒さひとつで、身も心も震える季節がやってくる…

今日はこれまでの変化についてのお話。

急ぐ必要が無くなった

つい先月まで、ドタバタと慌ただしい生活をしていた。

それが嘘のように静かになり、慌てる必要も無くなった。

慌てるのは提出期限間近くらいのもので、のんびりとした生活が可能になる。

早期リタイアした人か、定年退職後にすることを探す人たちと同じ調子でいる。

おいおいおい、まだそんな時期じゃないだろう…?

不思議と、残された余暇を楽しむ人たちと合流する気がした。

動きもゆっくりになった

急ぐ必要が無くった分、体が石像のように固まり始めている。

動かすの何の、体が言うことを聞かない。

何もしなければ早いうちから老け込む、と噂に聞いた通り、何をするにも挙動がゆっくりだ。

時間がスローモンションとは言わないまでも、今までとは考えられない別次元の時間が流れ込んでいる錯覚を起こす。

時間に余裕がある分、選択肢が広がり、「えぇーと、あーと、そのー」と決めきれない。

日程を選択する自由に放り出された今、現状を把握しようと整理している最中のようだ。

心成しか、鏡を見てもいくらか老けた気がする。

こちらは、選択が多い分、混乱しているだけの模様。

時間の流れには逆らえない

気がついたときには歳を取っている。

これは長年走り続けているとわからないものだ。

一時停止して止まると、いくらか自分にも時間が流れていったことがわかる。

年齢の所為にはしてられないけれど、嘆きたい日もある。

そんな時。そんな気分。

いくらか声や文章にすると、まだそれを言うだけのエネルギーが残っているのだな、と元気になる。

そんな経験は少なくないはずだ。

歳を取ったことにして若さを見出す

まだまだ若いと言われる年齢だ。

このブログを読んでいると、私がどの年齢層なのかを当てることができると思う。

特に目立った変化は無いように見えて、成長ど真ん中。

そんな時期に、体の成長は止まり、今までに感じたことのなかった変化が現れる。

頭の方がいくらか成長していくらしいが、ピークはこれを境に下降していくのだろう。

その動きをいくらか鈍らせるために、走れ!走れ!と鞭打っては、鞭打ちに夢中になりすぎている。

たまに強打しすぎて、体が悲鳴を上げて言うことを聞いてくれない。

熱を生み出すには、走るしか!と思いすぎるのも問題だけれど、まだバトンを落とさないで走り切ろうとする青春が、そこにはあった。

私はまだ若い。(棒)

お寝ぼけはこのくらいにして

ずっとこの調子でいるわけにもいかない。

これからはいくらか忙しくしていかないと、と自分で仕事を取るために行動している。

ゆるやかな生活は居心地が良い。

動かなければ、脂肪を蓄えてしまうので、注意が必要だけれど。

人間には少しの負荷がかかっている方が伸び伸びとしていて、目に輝きがある。

不安分子がすべて取り除かれた環境、というのも、変化が無くてつまらないだろう。

寝転びがちな自分に「動け!」と鞭打つ。

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