何事も行動するにはガッツが求められる。
ガッツにゲッツと返して見送る日々。
ガッツがないとだめなんですか?
やる気、根気、勇気。
少し前によく聞いていた言葉だった。
蓋を開ければ、表向きはどこもその言葉を必要としていて、調子良く進んでいくのを良しとする。
そりゃ、目に見えてやる気がある方が、周りにもプラスに働く。
やることをやっているだけで、あとは自由時間なんて人もチラホラ見かけた。
改善なんて何のその。上がやって来れば、一生懸命対応する振りをするのが仕事だ。
中には、真面目に熱心にやっている人もいるけれど。
そういう人は尊敬すべき存在だなと思いつつ、この人がそのまま取り込まれていくのを想像して具合が悪くなる。
思い込み過ぎ、ときどき、思ったことがそのまま現実になっていく。
見送る視線、通り過ぎる視線、振り返る視線。
様々な視線が交差して、状況を不安に思いながら見守っている。
誰も彼もが不安なのだ。
現状維持を必死に求めて動き回る。
踏ん張っても、踏ん張っても、状況が悪くなっていく。
それでも耐えてしがみついている。
そんな背中や顔を見ると、覇気がないなと感じるものの、手すりに捕まりにいく必死さが、まだ諦めてないと物語っている。
私にはその必死さが足りないなと思う。
必死にならなくても生きていけると内心思っているからだろうか。
そこが甘いって言われるけれど、やはりよくわからないでいる私。
生きてはいける、それ以上のものを持っても持たなくても、どちらでもいい。
選択が複数ある方が楽しいと思いませんか?
それとも、選択があることで選ばないといけないのが負担ですか?
選択が決まっていて、そのレールを進むのがいいと言う。
レールを進むと、思ったより制約が多いことに気づく。
その不満や鬱憤を周りにぶち撒けて、燃料にして、出発していく人もいる。
不満は抱えるけれど、それを外に溢すことは稀で、「何だかなあ」が重なっていく。
その燃料は創作や、物書きに取っておこう。
ガッツはないけれど、小さく始めて継続ができる。
踏ん張る力強さはないけれど、軽やかさはある。
一長一短。
今度は自分のレールを敷いて出発する。
ガッツがないとダメなんですか?


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