朝のここ一番

散文

早起き!!!

日付を元通りに戻そうと、どこかの地点でたっぷり寝て起きたら、前のような生活になった。時間が一周して戻ってきた。一周するまで何も変わらなかったのは、ある意味規則正しかった。睡眠時間は、6時間半〜7時間程度が合うようだ。平均からは少し短めの睡眠時間ではあるけれど、今は昔と比べて平均も短くなったとどこかで読んだ。ということは、私のこのベストな睡眠時間も平均なのかもしれない。

何もしなくても平均でいるのが平均。標準的なスタンダード人間。もう少し特徴を持ってもらいたかったけれど、何もないことが却って特徴になる。ニュートラルって自然体でいいじゃあありませんか。あまり嬉しくないようで。「君はもっと個性とかないのか!」と面と向かって言われてたこともある。「個性とは何ぞや?」と言うような顔をして、余計に神経を昂ぶらせてしまったらしい。熱血なタイプの人のことを、素晴らしいって拍手するけれど、そちらの方々は私の方をあまりよく思わない笑。なんだろうな、色んな部分が薄すぎる。何が薄いのかはよくわかってないのだけれど。

私自身そこまで薄いとは思っていなくて、むしろ熱血ですらあると思っている。やはり違いがわからないものだから「何が違うんだろう?」と周囲に言ってみたりする。その違いを「どこどこがどうこう言うわけで違う」と言ってもただの面倒臭い奴で終わる。この特性は環境次第で化けはするんだろうけど、合わない場所にいても何も効力が無く、ただののんびりしている人。世の中世知辛い、世知辛いのじゃあ〜〜。

一つそこで身についたものと言えば、何も効力がないので宣伝するのに欠けることで、丁寧に物事を見ていく時間ができる。そこで、それなら活用しない手はないので、他の人とは違う「丁寧さと向き合うこと」そのものを売り出す。そこに自然と目が行く。誰にも邪魔されず、のんびりとしていて、延々と人が「くだらない」と言うものを眺めていられる。人からしたら発狂もの。少々おつむがよろしくないようで、その辺にかけては特技のようだ。長々と同じことをずっと見ていられること。気に入ったものとか、興味を持ったものは、ずっと眺めていたくなる。眺めるだけじゃ何も変化がないけれど、目に見えない変化と自身の中の変化と睨めっこする時間ができる。そういった特性が生きる瞬間までに出会えるというのは幸福なことで、もしかしたら人が気づかないままで終えてしまうところ、何か得した気分になる。そういうところで帳尻を合わせて満足していくのが、私の特技。イェイ。

毎日が不思議冒険譚。自分を自分で遠くから見つめる、メタ認知もどき。メタ認知、とはっきり言うのに抵抗があって、私はその状態にあるということを感じている、程度に収めるのが謙虚でいいだろう、みたいなところがある。はっきり言うには正確ではない。正確さはとても厳しいものだったんですね、とのんびりしながら思う。はっきりと「これ!」と言わないといけないところ、まだ実際に確かめたわけでもないので、下手なことは言えないと留めておく。

よく言えば謙虚、悪く言えば意気地なし。正確であろうとするのは、こういう態度が普通になってくるのかと思う、とか言い始める始末。はっきり言わないといけないのは、世間の目があるからで、自分のためではない。決してない、と思われる。権威がある状態で「〜と思われる」なんて言うのは、イライラゲージを引き上げる。よくよく思えば、人に任せっきりにしているのに、どうしてイライラされないといけないのかわからない。世の中世知辛い。あ、もしかしてお金を払っているから… お金を出してものが手に入る状態が当たり前になる状況、と言うのも問題になるかもしれない。大事にすると、仕組みそのものの改革を迫られることになり、収拾がつかないので、黙る。

勝手がいいようで。小心者とか意気地なしって、どうしてこうもいいポジションに行こうとするんだろうな、と。他の人も似たような状態だから私だけではないのだけれど、人は言いやすい人に突っかかる。と、言われましても。くらいしか返答しないけれど。求められても「わからない」しか言えない。それを恥だとも思わない。全部が正確にわかるのが当たり前だと思うこと、それ自体がもう天才的になるのだと思われる。そこまでの能も芸もないので、私。お茶を啜る。

自分の能力を過信せずに、組み立てる、という地味で目立たない特性が育っていく。スピードは遅く見えるが実は近道である。勢いで走ってまた戻ってくる、といったような手間が少ない。取りこぼしが少なくなるので、急がなくて済む。取りこぼしたとしても、バックして戻る余裕がある。また一の地点から始めなくてもいいのが、一番の味噌。熱心な宗教家のような雰囲気がある。

何を持って熱心になるのかは、側からでは気づけないのかもしれない。

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