寝る時間がまた遅くなってきた。喉が良くなったと思ったら、今度は鼻がムズムズする。どこかのサイトで「はなげ」やってるのに。鼻の通りが悪いはなげ。リアルはなげの方が乾燥していて、落ち着いてる。テキストのトーンを一定にできないのが、かえってキャラが立つ。一定にしようと思えばできる、と思いながら自分のキャラも日替わりになる。このままでは多重人格者になってしまう。半日ごとにテンションが変わる。見える角度が違えば、見えてくるものも違う。変わったのは人格ではなく、角度。これ何の話だ?をやっている。茶番をそこまでにしてそろそろちゃんとブログを書いてほしい。
いつからブログに書く文章が、ちゃんとした内容じゃないとダメ!というふうになったのだろうか。もう私は最初に初めて開設した頃から、あまり変わらないキャラをそのまま続けている。あちこちに書き散らしているので、この文体どこかで見たことある!とそろそろ思われてきそうな。これは自意識過剰でしかない。自意識が強いことで生まれるものといえば、人目をかなり気にしてフランクになってみたり、いかにも人受けしそうなキャラがいたりする。演技ができない人間なので、元々の性格がそうさせるのだろう。基本的には誰でも受け入れる。受け入れはする、受け取らない笑。そこは受け取れよ。受け取っても変わるものならいらない、って言う。絶対に不変なものはこの世に存在しないのに、私が見えている範囲だけ不変なものがいい。という贅沢。かぐや姫…?
文章を書く内容はこんな感じで軽く書くのが良かったはずなのに、それを表現する媒体が複数出てきたことにより、文字だけで粘って書く人が減った。文章を書く人の総数は増えても、ネタ出しのような、ふざけた文章があまり散見されなくなった。もっとふざければいいのに。ふざけないから、テンションが高めのふざけた文章が余計目立ってしまうじゃないか…!と思わないこともない。真面目腐った文章ばかり書いて、実は中身はそこまで気にしてません…というのも少しムズムズするじゃないか。私の文章にそれを感じる人もいるかもしれない。わかる、わかるぞ。私も過去の文章を読んでムズムズする。ひょっとしたら、そういった人たちと読み方が近いのかもしれないと思ったりもした。相変わらず表記揺れを反省することなく、むしろ利用しながら書いている。いくら指導しても、脇道に逸れていく集団下校から脱走してしまう小学生のような気分になれる。大人でそういった気分のまま生活するのは、日常に支障が出てくるのでやめてもらったほうが、未来は安泰だぞ、とか言ってみる。自分のことなのに、自分に釘刺すなんて。反省したり、自分を顧みたりができる、というのを示すことで得意な気になっている。たぶん。普通の人がしないことをそのまま見せるのが、物書きの見せどころだと思っている。その態度が偉そうに見えるんだってばよ。知らんってばよ。随分と挑発的な書き手になってしまった。
書き続けたら、文章の癖や考え方の癖が出てくるはずなのに、それすらもどこか安定しない。安定しないってことは、火山の噴火で例えると活動期のようなものだ。私は今成長の段階にいる。成長するからこそ、変化が激しく、姿も形も変えていく。文章の形が変わっていっても、それを書く人の顔がよく見えてくるのを書きたい。この文章を見れば、書き手がわかるみたいなやつ。似た感じの人が増えてくると、キャラが識別できなくなってしまうので、やめていただきたい。嘘。


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