猫がいる部屋。
撫でる、抱っこするたびに毛が舞う。
抜け毛が鼻にダイレクトアタックしていく。
以前飼っていたはずなのに、数年振りの猫がいる場所でムズムズしている。
もしかしたら猫アレルギー?とヒヤヒヤしながら、そんなことないよね、と猫を撫でている。
柔らかくて暖かい生き物。
たまに、作業場所に邪魔しに来る。
下を見て歩かないので、いつかリアルに猫踏んじゃったをやってしまいそうだ。
猫、暗闇の中では目立たない。
小さい生き物、存在もミニマムサイズ。
主張は殿様クラス。
「にゃーん、にゃーん」と人間を呼びつけては、自分の欲求を叶えてもらおうとする。
猫だからかわいいだけで許される。これが人間になったら、迷惑極まりないかわいげのない人、として認識される。
プライベートなら好きなことを言える方がいいので猫になる。
にゃーん。
人間が猫のフリしてもかわいくないことくらいわかっている。
私は猫🐈と言ってる方がなんだか気分まで楽しくなってくる気がしている。
人間、退屈とか暇になる時間が多いと、何をするのかの選択肢があまりにも増えすぎてしまい、そのことに悩み始める。
することを減らすよりも、いついつに何をするというのがわかっている方が、きっちり動けるようになる。
仕事が楽だからストレスはかからないと思われるかもしれないが、全くそんなことはなく、動きたい人は動きたい。
暇すぎると退屈して、なんだか時間を無駄にしたような気になる。
その暇時間を工夫しようとすることで、創意工夫が生まれるけれど、毎日同じことの繰り返しでは飽きてしまう。
隙間時間から生まれる、ちょっとした工夫。
そういうのは暇なときよりも、ほどほどに忙しい日常の中で見つかる気がしている。
そんな不思議。


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