アレンジから始まる

エッセイ
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シンプルな味。

卵かげご飯とか、納豆ご飯とか、あまり手間をかけなくて済むものが食べたくなる。しょっぱいものはご飯によく絡む。

卵かけご飯にアレンジを加えて、ごま油小さじ1、白だし小さじ1に、細かく千切った味付け海苔を混ぜる。

これがどこかのお店で出せるレベルで美味しい。というか、卵料理は何と組み合わせてもほとんど失敗がないのがいいところ。私が卵を好んでいるのもある。

卵のふわっとした味が、しょっぱい料理とか甘い料理に合う。

さっき食べたばかりなのに、またお腹が空いてきそうだ。

調味料を工夫して調理するだけで、色んな味へ化けていく。

面倒臭がって普段は、そのまま食べたり、レンジで温めたらすぐ済ませられるようなのを好む。

ときどき、何か料理を作ろうと思うことがあって、レシピを参考に自分でも作ることがある。手作りの良いところは、できあがりまで、これから美味しいものへと変わっていく段階を眺めていられるのが良い。

時間をかけて作ったものを盛り付ける。盛り付けにあまりこだわりがなく、見栄えもするものでもないけれど、これを作ったという満足感が味わえる。

美味しい料理と2度美味しい時間。

作った料理はよそ見せず、時間をかけてゆっくり味わう。

最後の片付けまでが料理だ。片付かないからこれはずっと料理していることになるのでは?と思ったり、思わなかったり。

表記揺れは読みにくいからやめろ、と言う。そんなの気にしないと言う。エッセイの成せる技。これがエッセイ以外なら、味が出ない。これだから自由スタイルが好きだ。

急に料理の話からズレた。

表記揺れも、変化球も、何かを加えて味変するのは、味になる。

予想もつかないところで静かに化けていくのが良い。

そんな意外な組み合わせは案外身近にあって、特別に捻り出さなくても存在している。失敗から生まれる、新しい完成品。

私はあまり「失敗」という単語が好きではないけれど。

何かを基準にすると、完成品までが目標となり、目印になる。

物を大量生産するときには、同じものができるとか、同じことができるのが求められる。

変わらない「もの」とか、動かし難い「もの」を好んでいく。それも良いけれど、他の何かの手違いで完成した逸品が好きだ。

これは人間生活には向かないかもしれなない。けれど、そうやって創意工夫で出来上がっていく過程までを見守るのが楽しい。

「これから何に化けていくのだろうか?」と想像を膨らませられる。また、そこから新しい興味と発見が生まれる。

生活も創意工夫でできているのだな、と思う。

一般から離れた、デザインして暮らす生活も悪くない。それなら、大きく一般から抜け出したアートな暮らしをしてみたいと思う。

何も人と同じを目指すだけが人生ではない、と。そんな気がするのだ。

アートも何かの出発点。突破口を探す、と言った野望は私に薄いけれど、日々の暮らしを少し工夫するだけで楽しさは広がる。

自分のアレンジする力もどんどん身についていく。

なんだか希望を語る人のようになってしまった。今どきではないけれど、少しのアレンジが味になる。

そんな生活を目指して。

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