昼のひとりごと

エッセイ

もう少し寝ようとして日付が変わって今日になっていた。

眠たいときは寝るに限る。

なんとなく更新しようと、連続投稿をキープしていたけれど、起きる時間を思えば、これはまだ一日経っていない。

それにしても、昼というのは作業に向かない時間帯だ。

昼食を食べたわけでもないのに、この時間帯になるといつも眠くなる。

食べても、食べなくても眠いというのは変わらなかった。

休止状態から活発に。

必要な作業のために、日常を犠牲にして仕事をする。

仕事をするために生きているのか、生きる一環としての仕事なのか。

生きる一環として、その先に仕事がある状態が望ましい。

現実はそうも言ってられない場合があって、ひとりごとをそのまま言うのが難しい。

なんとおかしなことか!と言ってみた。(孔子風に)

一人でいる時間が多くなると、したいことと、したくないことの境目が、曖昧なものから絶対的なものとして変わっていく。

「あなたの元々はこんな性質でありました」と言われているかのようで、そこに新しい自分を見ている。

社会との折り合いをつけることが、だんだんと難しくなっていく。

最初はそこを踏み越えてはいけない、と粘るのだけれど、何かのきっかけでどうでもよくなってしまう。

この際だから崩してしまえ、という気になる。

自分の欲望と行動に忠実になっていく。

元々、忠実な方ではあるのだけれど。

その通りに動かないと気が済まない、という几帳面な性格でもなく、行動が遂行できないとわかると、躊躇なく予定変更を決める。

予定を立てずに過ごす時間が、ありがたい日常の始まりだ、なんて惚ける始末。

仕事態度としては微妙なところがあるけれど、生活態度としては自然だ。

自分の考える解釈は、立派なものに見せかけた、立派そうなものなのだ。

何かしら自分に有益で、都合のつくような内容を自然と好むようにできている。

自分にとってしっくりと馴染むものを手に、問題の解釈をもう一度考え直す。

そこでいくらか手応えを感じることができれば、ミッションコンプリートである。

そんなものなのだ。その程度なのだ。

人の考えを改めるように言っても、人は変わるわけではない。

こういうのは姿勢で示していく方が正しい伝え方だ。

特に何かを伝えたいと言うこともないけれど。

ブロガーなのにそれを言っちゃうんだ…

この目で世の中を知りたいっていう好奇心だけで生きているところがある自分。

中二病的だと言われて茶化されたりする、この言動。

なんでもいい。

知りたいから、とか、欲望に忠実っていうのは素晴らしいことだと思う。

人の行動を制限させるものでなければ。

人間とは社会的な生き物で、ずっと一人だけで行動するのには限界がある。

それでも、一人でじっくり何かに取り組む姿勢があってもいいんじゃないかな、と思っている。

外の明るさにびっくりしている今。

外はこんなに明るかったんだな、と感動している。

コメント

タイトルとURLをコピーしました